そんな事を考えたりもした、12月3日。まあ、実際に考えたのは前日なんですが。
ナギって、護られる事が現状では最大の存在意義のような気もしてます。よく言えば物語の中枢を担う存在と言えなくもないんですが、考えようによってはお飾りといいますか、観賞用の小動物、みたいな?
ただ、ナギが護られる立場にあることで、主要キャラであるハヤテとマリアさんにも、存在意義が生まれてはいるんですよね。生きる意味を失いかけたハヤテと、そもそも生きる意味すら与えられる前に捨てられている(と思われる)マリアさん。2人が生を感じられるのは、何だかんだでナギがいるからなんじゃないかと。
と同時に、これはハヤテとマリアさんに対して抑止力を発動させている事にもなります。それぞれが「借金返済」と「ナギの世話係」として執事とメイドをやってはいますが、それはあくまで名目上のこと。抑止力さえなくなれば、ここに留まる理由はあってもそこに必然性はなくなりますしね。
とはいえ、現状ではその束縛からいつ解放されるのか皆目見当もつきません。それにより、2人の物語が突如動き出すような心配もなく、物語としての軸がぶれることもないわけで。ナギの抑止力が緩和されない限り、話の根幹は揺るがず、逆をいえば動かす事もできず。
まぁそのためか、あらゆる女性キャラにフラグを立てるハヤテに対して、ナギとマリアさんは常に蚊帳の外にいる気もするわけですが。
かといって、こういった事象はこの2名以外には適用されません。三千院ナギとしての有効範囲は、あくまでお屋敷内、しかもハヤテとマリアさんに対してのみ効果を発揮しているような。ナギの影響力は、狭く深く。・・・ナギの趣味みたい。
・・・で、結局何が言いたいのか考えたとき、別に何かを言いたかったわけでもないというのが結論。ナギの力が及ぶのは範囲的にも人数的にも狭い「ヒキコモリ」。一方で、その対象は「クイーン」に相応しい大物ぞろい。ヒキコモリクイーンの名は伊達ではありませんね。
ただ、ヒキコモリにしてもクイーンにしても、どちらもナギにとってはあまり望ましいものではないもののようにも思えます。だから、2人への抑止力を失う事で彼らの物語が動き出すと共に、ナギにはヒキコモリでもクイーンでもない、1人の女の子としての未来を歩んで欲しいなぁとも思ったりもしました。
そんなわけで、本日はナギの誕生日ということで、なんとなく呟いてみました。