さてさて、アーたんが出ました。ちなみに、本名らしきものが出たような気がしなくもないですが、面倒なので「アーたん」で通します。いやだって・・・ねぇ?とりあえず、今回はグダグダと書いたのでムダに文章が長いかもです。
冒頭、いきなり「夢」から始まります。59話(忌まわしきお話)や108話(コナン話)や91話(ヒナ悶々)や12巻4コマ(ドーナツ軍曹)や161話(グロスホッパー)などと違い、ずいぶんと重みのある夢です。いやまぁ、今挙げた中でも、重みがあると言えばあるのかもですが。まぁ、夢というテーマでいえば、15話での夢らしい夢を持たないマリアさんが1番印象的だったりもしますが。・・・あれ、本編と全然関係ない話になってますね、これ。
ああでもその前に「罪」に関するお話がありましたっけ。これについては・・・どうなんでしょうね?罪は償ってしかるべきだとは思いますが、これまでの歩みを考えるに、それをハヤテが1人で背負う必要もないわけで。そもそも、それを1人でやろうとしてしまうのは、昔と比べて何の進歩もないですし。ハヤテの罪を正当化するわけではないですが、それでも・・・ね。
そんなわけで、ハヤテの過去話。三千院帝っぽいサンタさんが「働け!」みたいな凄いアドバイスをしています。「最後に笑うのはひたむきでマジメな奴」とはサンタさんの談ですが、さてどうなることやら。半分を疑う心は親に(ムダに)鍛え抜かれたせい、もう半分の信じる心は子供としての純粋無垢な気持ちから、なのかな?
・・・で、幼稚園では、給食費がなくなってハヤテが真っ先に疑われているようです。1人だけのけ者にされた過去がたぶんにあるからこそ、148話での東宮君との会話も活きてくるわけですね、たぶん。子供というものは純粋な上にまだまだ自身の見渡せる世界も狭いので、親を何よりも信じるのは必然。そして、こっぴどく中傷されようとも自身の親を信じ続けていたハヤテもまた例外ではないわけで。それでも、心が折れかけていて、一瞬親の言葉で立ち直りかけた瞬間での、父親からの「自分が盗った」発言がカウンターでハヤテの脳天を直撃したわけですからさぁ大変!父親のムダに高いスペック(主に悪行方面)を考えれば、これも実は汚れた教育の一環だったりして。どちらにせよ、ここまでハヤテの両親を極悪非道なキャラに仕立て上げているせいで、逆にハヤテに対して感情移入がしづらいのは気のせいでしょうか?
そんなこんなで、世の中の「ヒドい事」を目の当たりにしたハヤテ。・・・無我夢中で走り続けたハヤテ。それでも普通に生き残れているあたり、実はその瞬間に限って幸運の女神につかれていたっぽいです。・・・死にたい状況で死ねなかったのを純粋に幸運と言えるかどうかは微妙ですが。まぁ、幸運の女神に溺愛されているキャラといえば、伊澄さんが第一人者なんですけどね。
そうこうするうちに、どこかの花園に倒れこんだハヤテ。「死にたい」と思った矢先に「ダメよ。そんな悲しい事をいっては」みたいな台詞と共に、謎の女の子が登場。・・・いやいや、貫禄ありすぎですって・・・とかそんな話をしていてもキリがないので、それは置いときます。それにしてもこのシチュエーション、1〜2話にかけて、ハヤテがマリアさんに救われたシーンを思い出しますね。まぁ、同じ女神でも、かなり意味合いが違ってきそうではありますが。
というかそれ以前に、ハヤテ宅と謎の少女の居場所って、割と近いんですかね?1話の時も今回も、自宅付近からある程度走り、そこで死にそうになりつつも運命の出会いを果たしていたわけで。さらにいえば、この時点でいわゆる「三千院家のお屋敷」はなかったはず(仮にあったとしても少なくともナギはいないはず)。ナギが練馬区にやってきたのと、この少女がその付近を離れたのと、どっちが先なのやら。まぁこのあたりの議論は、現在作中で登場している人物の中で「当時のアーたんを知っている人」がハヤテ以外にどれだけいるかどうか、という話にも繋がってくるんでしょうけども。別の点で言えば、「ハヤテとアーたんが(何らかの形で)別れた『後のアーたん』を知っている人がいるのかどうか」という話にも及んできそうな、そうでもないような・・・?
心が「助けて」と叫んでる、というのは、まさしくハヤテが、心のどこかで「ヒーロー」の登場を願った瞬間なのでしょう。ハヤテにとってのヒーローがアーたんとなった決定的瞬間、なのかな?・・・ええ、正直よくわかりません。そもそも、この辺りの少女のくだりが、偶然出会った男の子に問いかけているとか、そういう淡白な次元の話ではない気もしますし。うん、きっと帝が持っていた魔石とかの影響で、物凄い力を少女が身につけちゃったりしているんでしょう。・・・君が望んだ三千世界とか、黄色い髪の毛とか、色々な意味で怪しい・・・ようで、それもミスリードのようで、そこにあえて乗っかると言うのも面白いわけです。要するに、答えがあっていようがいなかろうが、自分の意見を好き放題書くのは大変面白くてたまらないのです。特に、勉強疲れで色々たまっていることが多い水曜日は。
そんなやり取りをしつつ、謎の女の子がハヤテに手を差し伸べます・・・ってこれ、何故かアニメを思い出し・・・たのは、私だけかも。
さて、いきなりアニメの話になります(見てない人には申し訳ありません)。アニメとまんがをごっちゃにするな、という意見はとりあえず置いといて。アニメには2つのOPがありました。で、前半の締めが「ハヤテがナギに手を差し伸べるシーン」であり、後半の締めが「
ナギがハヤテに手を差し伸べるシーン」だったわけです。・・・いや、本当に何となくと言うかこじつけに過ぎないんですが、アーたんとのリンクを考えたりもしちゃったんだから仕方がありません。実際、当時のアニメ感想でも、この1シーンが結構気になってましたし。
結局、死を決意しつつも、少女の左手を借りて起き上がったハヤテ。その少女の名は「天王洲アテネ」って・・・天王洲アイルの知り合いですか?そもそも、自分がいかにも「偉いんですよ」的な発言が、とても少女とは思えません。まぁ、この作品、ダメ大人と超人高校生が入り乱れてますし、それほど驚くべき事態ではないのかもしれませんが。
それにしても、1番気になるのは最後の柱に書かれた文章。アーたんは1人目の「運命の人」であり、同時に1人目の「女神」でもあるとのこと。・・・で、じゃあ2人目は、と考えると、前者が「ナギ」、後者が「マリアさん」と私なら考えるわけです。それを言い換えれば、「ナギとマリアさんが2人がかりになって、初めてアーたんに匹敵しうる状態」なわけですよ。つまり、単独ではアーたんに(現状は)勝ち目がない・・・という風に読めるんですよねぇ。で、そこから考えるに、ナギかマリアさんの一方だけでアーたんを超えうる存在になる、もしくはアーたんによる呪縛自体が何らかの形で解かれる、というのが最終的にハヤテが「誰か1人を選ぶ」上で重要になってくるのかもな〜・・・みたいな。いや、ホント何となく考えだけです。
あと、今回の話を見て思ったのは、アーたんはナギよりも個人的にはマリアさんとの方が対比させやすい、ということ。かつてまんが家BACKSTAGEで書かれていた「悪の女王」というのはアーたんっぽい感じではあるんですが、それとの対比がヒナギクと言うのも少々違和感がありまして。だって、畑先生が「ナギよりも設定とかが早く決まっていた」みたいな話をかつてしていた記憶がありまして、そこから「ヒナギクとアーたん」が対比関係として予め考えられていたと言うのも少々不自然ですし。・・・まぁ、後からどうとでも考えられることではありますが。
そんなわけで、帰宅直後から、あえて一気に殴り書きしてみました。推敲などもせずにさっさとアップしてしまいます・・・ので、いつも以上に読みづらい事、ご了承くださいませ。う〜ん、後先考えず書くだけなら、実に感想、もとい妄想が書きやすいお話でした。1話のシーンがフラッシュバックする事が多い話だったんですが、やっぱり当時とは印象が違う場所も多かったかも。同じような描写にしても「ハヤテ6歳」と「ハヤテ16歳」の差はやはり大きいのかもです。
とりあえず最後に一言。・・・アーたんの顔が、若干雪路風でした。
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夢を夢として見られるナギやヒナギクと違い、ハヤテは夢ですら現実の一部分としてしか見れてないですからね。
空想上の人物であるサンタクロースが働けと現実的なことを言うくらい、ハヤテは夢と現実の区別が分からなくなってますし、それはハヤテが物凄く現実的な厳しい環境で過ごしてきたからでしょうね。
ちなみに自分は、夢を夢として見る人間です(笑)
個人的にはこのシリーズ、いいスタートを切りました!