ブログの運営に際し、基本的にその交流はブログにある
コメント欄を用いて行われる事が多いでしょう。
個人的な意見ではありますが、そういったコメント欄は、
そのブログがどんな場所であるかを示す1つの材料に
なりうるのではないでしょうか?
そして、それは記事の内容以上に、ブログの本質すら
映し出してしまうのではなかろうかと・・・。
どれぐらいの人がコメントするか 数字で物事の本質を推し量れるかは別にしても、やはりこの要素は
実にシンプルな判断基準かと。あくまで情報開示だけであり、読者が
反応しづらい内容なら、必然的にコメントしづらくなるでしょう。
それ以外にも、コメント自体があまりない、或いはコメント欄自体を
閉じているのであれば、それもまたブログの1側面とも言えます。
そのブログの管理人が、どういった方向を目指してブログ運営を
しているのかも読み取れるのかもしれません。
どんな人がコメントするか 毎回のように初見さんがコメントするのか、限られた面々の中で
やり取りが行われているかによっても、ブログの方向性は全く
異なってくるでしょう。また、ブロガーと非ブロガーどちらがメインで
コメント欄が構成されているかによっても、また違う感覚が得られる
・・・かもしれません。
どんな記事にコメントが残るか どんなジャンルの記事に反応があるのか、肯定的意見と否定的意見の
どちらに関心が持たれるか。そのブログの読者の趣味や年齢層など、
そのブログの需要そのものを映し出す鏡にすらなりえるのかも・・・。
どういった内容のコメントがされるのか これは上記したジャンルや読者層などの問題もありますが・・・。
ちょっとした魂の叫びがあるか、長めの感想・考察・意見などが
綴られるか。記事の内容に同調したり、逆に否定的な見解も
述べられたりする事で、管理人は当然の事、そのコメントを読む
別の読者にまで影響を与える可能性すら秘めているでしょう。
コメントに対する管理人の対応 必ずレスはするのか?そうであれば、どういった返答をするか?
その判断は、実質的にブログ運営者のコメントに対する考え方のみに
委ねられる事になるのかもしれません。場合によっては、記事の中では
語られていないような、管理人の本音が見え隠れすることも?
サイトにおける掲示板であったり、メールでのやり取りで
あったりと、ネット上での交流手段はいくつもあります。
しかし、記事の末尾にそのまま読者の心の声や魂の叫びが残り、
実質的にそれはブログの記事を構成する1要素にすらなり得ます。
そう、コメント欄は(自分のレスを除けば)読者によってのみ
構築する事が許される場所。それは現時点でのブログの特性を示す
ものであると同時に、ブログの将来すら変えられる革新的能力までも
備わっている・・・かもしれませんし、そうでないかもしれませんが。
関連記事(と言っても、微妙に主旨は異なりますが・・・)
コメント欄はいつまで開いていられるものだろう(
とあるブログの舞台裏様より)
追記
この記事を読み、
コメント欄の様子からブログのタイプを判断するとにてコメント欄に関する別の見解を述べられています。
ブログは管理人さんを映す鏡。管理人さんが見せたいと意識している部分だけでなく、その嗜好、人柄、交友関係、読者に対する姿勢、そして読者からの支持の多寡に至るまで残酷なまでに映し出してしまう魔界の赤い池の水面。そんな自分の持論に近い意見を目にできて、ほっとするとともに畏敬の念をいっそう深くしました。
勉強になりました。どうもありがとうございました。