どうも最近の日本は何かと暗くなりがちな話題が多いですが、どうやら
某氏に関して大変おめでたいお話があったとの電波を受信したので、改めてきよさんとマリアさんについて考えてみることにしました。
きよさんにとって、マリアさんは「あらゆる手段を使って愛でる対象」であったことは間違いありません。何の話をするにもマリアさんの名前を出し、何のためらいもなく、これでもかというくらいに愛でる。周囲に何を言われようとも、マリアさんに対する言動は一貫していたように思います。
上記の「マリアさん」という言葉を、別の言葉に置き換えてみましょう。
きよさんにとって、お子さんは「あらゆる手段を使って愛でる対象」であったことは間違いありません。何の話をするにもお子さんの名前を出し、何のためらいもなく、これでもかというくらいに愛でる。周囲に何を言われようとも、お子さんに対する言動は一貫していたように思います。
・・・そう、きよさんは子煩悩であるがゆえに、マリアさんを愛でていたのです。そして今この瞬間、きよさんはマリアさん以上に愛でるべき大切な命を授かったのです。きよさんがマリアさんがいずれメインヒロインとして桧舞台に上がることを予見していましたが、それはいつか愛するお子さんが大きくなり、成長していくさまを、マリアさんと重ねていたのかもしれません。
おそらく、きよさんにとってマリアさんは、仮想世界における嫁でありお子さんでもあったのでしょう。一部ではハヤテのごとく!の主題の1つが家族であると指摘されてもいましたし、その点から考えても、きよさんがマリアさんに固執し、また将来への期待を持ちつつ感想を書いていたのも納得が行きます。
そして、現実世界において嫁さんとお子さんという真なる家族を得たことで、マリアさんとの関係は一変した。きよさんがバーチャルネットアイドルとしての活動を始めたのも、今日この日を迎える予感が少なからずあり、マリアさんとの距離をおくための一手段として「世を忍ぶ仮の姿」を用意しておく必要があったのかもしれません。
今にして思えば、マリアさんのパン◯ラ回で色々叫んでいたのは、そういう趣味があったからではなく、子供のおむつを替える親心がそうさせていたんじゃないかと。それが結果的にマリアさんになったのは、上述したとおりマリアさんがきよさんにっての家族のような存在であり、マリアさんを通していずれ生まれ来るであろう我が子に思いを馳せていた気がしてなりません。
結局、マリアさんの話をするときのノリが他キャラのそれと明らかに違っていたのは、家族とそうでない人間との差といいますか、好きなハヤテキャラという枠でマリアさんの名が出なかったのも、ハヤテキャラである前に自身の家族であったからなのでしょう。そして、そんなマリアさんへの強い思いが、今現在きよさんが置かれている温かな環境に繋がった・・・そんな気がします。
そんなわけで、無事にお子さんが生まれたそうで、本当におめでとうございます。どうかお子さんを、そして奥さんを、かつてのマリアさん、いやそれ以上に大切にし続けてください。
そして、どんなにリアルが充実しようとも、マリアさんとハヤテ界隈のこともたまには思い出してもらえれば幸いです。